低温科学研究所 生物適応研究室

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研究内容紹介

私たちの研究室では何を目指しているのか

光合成は太陽光エネルギーを化学エネルギーに転換し、その化学エネルギーを用いて、糖などの様々な生体物質を合成する反応です。生物は光合成の産物を直接、または間接的に利用していますから、これは生命活動の源ともいえる、極めて重要な反応です。

光合成を行う生物(シアノバクテリア/藻類/植物など)は、海から陸上、熱帯から寒冷圏まで、多様な環境で光合成を行っています。これらの環境は必ずしも常に光合成に適しているわけではありません。例えば 、低温環境で光合成活性を保つのは簡単なことではありません。 しかし、寒冷圏では、光合成生物は過酷な冬を生き延びなければいけません。例えば、冬に葉の緑色を保っている「常緑樹」がどのような戦略で 、冬の寒さを生き延びているのか、ということは、生物学上の大きな問題の一つです。このような戦略を明らかにする上では、光合成装置の多様性と一般性を理解することが非常に重要です。私たちは、進化や多様性といった視点からも、今後も光合成装置の謎を解いていきたいと考えています。

光合成を研究していく上で、もう一つ忘れてはいけない視点は、光合成はただ糖だけを作るためだけの反応ではなく、実は、植物の様々な代謝と密接に繋がっているということです。光合成は実は窒素化合物や硫黄化合物など、多様な生体物質を作るための反応なのです。このような光合成と代謝の関係についても、私たちは研究を進めています。

このように、私たちは、シアノバクテリア、緑藻、珪藻、コケ、高等植物など様々な光合成生物を研究材料とし、タンパク質や遺伝子レベルでの研究を進めながら、広い視点で光合成の研究を行っています。光合成の研究をとおして、寒冷圏などの過酷な環境でも、光合成生物が効率よく光合成を行い、生きていくための仕組みを知りたいと考えています。このような研究は必ず応用にも結びつくと考えており、研究の大きな進展があったときには、応用研究にもチャレンジしています。 現在の具体的な研究テーマについては、以下をご覧ください。

植物にとって「持続可能な」光合成とは?

「日光がよくあたるのは、植物にとってよいことだ」と信じている人も多いのではないでしょうか?最近の光合成研究の知見では、これは正しくありません。 光合成をおこなうために必要な光化学系IIのタンパク質の一部は、光があたればあたるだけ分解してしまうことがわかっています。光合成を続けるためには植物は光化学系IIを常に合成しなければいけません。 しかしながら、光化学系IIを合成するのは、植物にとって、そんなに簡単なことではありません。なぜなら、光化学系IIは多種類のタンパク質、クロロフィル、ヘム、カロテノイド、キノン、脂質などの複雑な集合体だからです。 私たちの研究室では、「光化学系II」を合成するための分子メカニズムを明らかにしようと研究を進めています。

光化学系IIを合成するメカニズムがわかるとどんな「いいこと」があるのでしょうか?実は低温下や乾燥の激しい環境では、光化学系IIがうまく合成できないことが原因で光合成活性が低下することがわかっています。 光化学系IIの合成メカニズムの研究は、厳しい環境下で「持続可能な」光合成の研究に貢献すると考えられます。

Evergreen Trees in Winter

藻類の光合成装置の多様性と進化

ふと窓の外を見ると、散歩をしながらふと周りを見回すと、多様な形態を持つ植物たちが目に入ってきます。 しかし、光合成装置(光化学系)という観点から見ると、高等植物の光合成装置を構成するタンパク質や色素は意外なほど良く似ています。 これは陸上では光環境がよく似ているからでもありますし、全ての陸上植物が緑藻の一部のグループから進化したからでもあります。

一方で、藻類の光合成装置は遥かに多様です。生育する「光環境」が多様であることに加えて、進化的にも幅広いグループから構成されているからです。 しかし、その多様性はまだ十分に理解されていません。

私たちは、藻類の光合成装置を取り出して、タンパク質や色素組成、立体構造、分光特性など様々な観点から解析しています。 そして、それぞれの藻類の光合成装置の環境適応機構の違いを理解するとともに、その進化の道のりも明らかにしていきたいと考えています。 現在は特に陸上植物の祖先でもある緑藻に着目して、淡水性の緑藻と海産性の緑藻の光合成装置を比較しながら進化と多様性についての研究を進めています。

そのための研究技術としては、Native-PAGEやショ糖密度勾配遠心法を用いた光化学系の分離、HPLCを用いた色素分析、MS解析によるタンパク質複合体解析、次世代シークエンサーを用いたRNA seq、また(共同研究による)CryoEM解析や分光解析などを利用しています。

クロロフィルからのマグネシウムの脱離反応

クロロフィルは中心にマグネシウムを持つ分子です。クロロフィル分解はこのマグネシウムの脱離から始まります。 この反応を触媒するのはStay-Green(SGR)と呼ばれている酵素です。この酵素活性は、数年前に私たちの研究室で 初めて検出されました。有機物から金属を取り除く反応は稀な現象であり、その反応機構は分かっていません。

私たちはSGRの反応機構の解明を目指しています。

光合成の進化‐僕らの研究室でなぜ進化を研究するのだろうか?

私たちの研究室では、光化学系の構築や分解、環境適応、代謝、農学的応用研究を進めていますが、進化の課題にも取り組んでいます。 光合成生物の系統解析や代謝経路の進化、光合成集光装置の進化などに取り組んできました。これらの問いに答えるために、私たちは分子系統解析や実験進化学など多様なアプローチを試みています。 その結果、代謝系の進化は酵素のPromiscuous 活性が原動力になっていることや植物の陸上化に伴い光合成集光装置が大きく変化していることを見出しました。

もちろん、私たちの研究室は進化そのものに興味を持ってこのような研究をしているのですが、 一方では、光合成にまつわる様々な生理現象や光化学系の構造の研究に、進化の視点を入れると、新しい側面が浮かび上がり、より深く理解できることがあります。 この点も私たちの研究室が進化の研究を行っている理由です。